国民民主党岡山県連の結成について

本日、国民民主党の榛葉賀津也幹事長同席の下、県庁内で記者会見を行い、国民民主党の岡山県での拠点となる「岡山県総支部連合会(略称:岡山県連)」を設立し、今月18日に結成大会を開催することを発表しました。

発表内容はこちら⇒プレスリリース(2021.12.3)

以下、県連設立に至った経緯や私の思いについてご報告致します。

昨年9月、旧立憲民主党(旧立憲)、旧国民民主党(旧国民)が解党し、新立憲、新国民の二つの党に事実上分裂しましたが、その時点で、私は旧国民の路線、理念、政策をそのまま引き継ぐ新国民に最も親近感を持っていました。同党の「改革中道」「対決より解決」という路線は、私自身の政治的な立ち位置や政治姿勢と重なり、共感できるものでした。自公政権に対抗できる「大きな固まり」をつくるという大義のもと、旧国民の議員は大半が新立憲に移りましたが、私は、自らの政治信条に加え、所属する労働団体(UAゼンセン)の政治方針が固まっていなかったこともあり、新立憲には参加しませんでした。新国民に入り、岡山県連を継続することも一つの選択肢ではありましたが、県内で同志を集める目途が立たず、現実的ではありませんでした。

そうこうしているうちに、岡山県では、旧国民所属の国会議員、衆院選の小選挙区立候補予定者全員が新立憲に移り、1~5区全てで新立憲の候補が擁立されました(5区では、その後紆余曲折があり、立憲候補が決まったのは公示直前でしたが)。最大の支援団体である連合岡山も、衆院選の全小選挙区で新立憲の候補者を推薦する流れが早々に出来上がりました。連合岡山会長経験者の私が、このような動きに水を差すべきでないと考えたことも新国民に参加しなかった理由の一つです。

また、当時は、国会議員が、国政選挙が近づくたびに選挙で有利なポジションを得ようと、理念や政策の議論が生煮えのまま離合集散を繰り返し、そのたびに地方組織や地方議員が振り回される構図(個人の感想です)に疑問を感じ、政党から距離を置きたいという気持ちがあったのも事実です。

その後、UAゼンセンを含む民間労組の組織内国会議員が相次いで新国民に入党し、多くの民間労組が次期参議院選挙において新国民から組織内候補を擁立することを決めました。私も組織の一員として、次期参院選では国民民主党を応援することになりました。

先の衆院選で、国民民主党は、岡山県を含む中国5県に小選挙区の候補者を立てることができず、公示の約1か月前に中国ブロックの比例単独候補として岡山県出身の樽井良和さんを擁立しました。岡山県には国民民主党の県連がないため、無所属とはいえ、旧国民解党時に同党の岡山県連幹事長を務めていた私に白羽の矢が立ち、樽井さんや党関係者から、中国ブロック比例選挙への協力依頼がありました。私は、衆院選では岡山2区の津村啓介候補の選対の中心メンバーだったので少し迷いましたが、もともと新国民の政策や理念に共感していることに加え、次期参院選における対応も見据え、その要請を引き受けました。政党名を書いてもらう比例単独立候補の選挙は、候補者独自の活動は限られ、中国地方全体が選挙区であり県内での対応事案も少ないため、両立可能と判断しました(実際は、かなり大変でした)。

岡山県には国民民主党の支部がなく、所属議員もいないため、1年以上の間、街頭に旗1本立つことなく、1台の街宣車も走らず、1枚のビラも配られませんでした。日常活動が全く行われていなかったことに加え、衆院選の樽井選対は、人もお金も組織もない非常に脆弱なものでした。それでも、民間労組を中心に応援して下さる方々が勝手連的に結集し、熱心に活動していただいた結果、岡山県では、同党の比例の得票率で全国平均(4.51%)を上回る4.72%(36,888票)を獲得することが出来ました。樽井候補の当選は叶いませんでしたが手応えを感じた選挙でした。国民民主党は、公示前の8議席を11にまで増やしました。躍進と呼べるほどのインパクトはないものの、現実的な政策を提案する中道政党として認知され、一定の支持をいただいたと受け止めています。

一連の経緯の中で、「国民民主党の県組織を立ち上げてくれないか」という働きかけが、様々なルートを通じて私のところにありました。私は、その必要性を感じていましたが、衆院選が終わるまでは動かないと決めていました。今後、県内で旧民主党勢力の大同団結が可能ならそれが望ましいと思っていたこと、衆院選後の政治状況を見極める必要があると考えたこと、そして何より盟友の津村啓介さんの小選挙区勝利に向けた取組のノイズになるような動きはしたくないこと、などが主な理由です。

衆院選を経て、国民民主党は、立憲民主、共産、社民各党と国会運営で連携してきた「野党国会対策委員長会談」の枠組みから離脱するなど独自色を強めており、両党の再合流の可能性はさらに低くなりました。自公政権を評価しないが、立憲・共産も支持しないという層の受け皿が求められているというのが衆院選で示された民意であり、いま私の中には、それに応えたいという思いが強くなっています。津村さんの落選は痛恨の極みですが、彼は、今後も同じ選挙区で政治活動を続けていくそうなので、所属政党が違っても(以前も「民進党」と「希望の党」で、所属政党が異なる時期がありました)、連携・協力関係は変わることなく、同じ中区の高橋雄大岡山市議など仲間とともに、国、県、市の課題解決に向け取り組んで参りたいと考えています。

以上ご報告致します。長文になりましたが、出来るだけ丁寧かつ実直に経緯や気持ちをお伝えしたつもりです。ご理解いただければ幸いです。なお、これを機に、心機一転、事務所を移転することにしました。新しい事務所は以下の通りです。改めて、宜しくお願い致します。

〒703-8271 岡山市中区円山118 サンライズビル201 TEL(086)238-7775

 

 

 

 

 

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