西日本豪雨 2018.7.6~7 発災当日~翌日

中区円山

 

 7月6日金曜日、いち早く私の選挙区の中区西中島、同東中島に避難指示が発令されたので、私も避難所になっている東山中学校に伺いました。私が訪問した時点で100人前後に方が避難されていましたが、まだ避難所に必要な備品を運んでいる状態で、私も荷物の運搬を手伝ったりしました。その後、岡山市全域に避難指示が出て、県内各地で被害が広がっていることが報道され、大雨の中ではありましたが、気になって選挙区内を車で回りました。

東山中学校

 道路が冠水したり、用水が溢れ道路と溝との境がわからなくなっているところもあり、選挙区の南半分くらいを回ったところで危険を感じ、車による巡回は諦めました。この間、いくつかの避難所に立ち寄りましたが、避難指示が出ているにも関わらず、私が回ったところは避難者も少なく、差し迫った感じはありませんでした。その頃、宇野小学校には300人くらいの避難者が出ていたことは朝になって知りました。

未明に訪れたある避難所には、2家族4人の方が避難されていましたのですが、体育館の隣にあるトイレの電気が突然消えるという事態が発生しました。トイレ以外の灯りはついているので、停電ではありません。ブレーカーに異常が発生した可能性もあり、ブレーカーを探しスイッチを上げたり下げたりしましたが、まったく反応しません。学校の施設管理に詳しい人に連絡がつければ済む話だと思われましたが、避難所にいた市の職員や地元の町内会長、私も含め、誰も学校の先生の携帯電話番号等を把握していません。結局、連絡はつかず、その晩、電気は点きませんでした。避難者が少なく、懐中電灯で対応できたので混乱はなかったものの、ここに多くの避難者が避難していたら、と思うとゾッとします。後で聞いたところ、電気の消し忘れ対策として、午前1時に自動的に電源が切れるように制御されていたそうです。避難所たる学校の施設管理の基本的な注意点について、地域の人間は誰も知らされておらず、それを聞こうにも学校関係者の緊急連絡先を知りませんでした。災害に対する備えとして、きわめて不十分だったと言わざるをえません。災害慣れしていないというか、防災意識が低いというか、そういうことが露わになったエピソードだと思います。たまたま私が居合わせた地域に限った話だとは思えません。今回の大雨の教訓として岡山市に伝え、対策を講じるよう検討してもらっているところです。

翌朝になると、雨も小降りになっていたので、午前中は中区の避難所や、大雨で道路が冠水する事の多い山崎などを回りました。その過程で、沢田や国富、兼元などの一部が冠水しており、床下、床上浸水などの被害が出ていることを確認しました。沢田の防水庫が水に浸かり、排水ポンプがきちんと機能していたのか疑問が残りました。お昼前にこの地域の避難所である宇野小学校や幡多小学校を尋ねましたが、私が伺った時点では大半の皆さん自宅に戻っておられ、避難者は数えるほどでした。中区役所の対策本部で、同区の被害状況を確認し、その時点で死者や怪我人の報告はないと伺い、ホッとしました。

いったん自宅に戻ってテレビをつけると、倉敷の真備町の様子が映し出されていました。自分の選挙区のことに気をとられていましたが、県内各地で尋常ではない被害が発声していることを知り、呆然と立ち尽くしました。

沢田

国富

兼元

西中島

 

 

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